鏡山(山スキー・テレマーク)

個人山行(山スキー・なんちゃってテレマーク)

日時】2011311(日)

【メンバー】隊員T,M(悠峰山の会山スキー突撃隊)

【天候】 小雪/晴れ

【山域】 飯豊

【地形図】 大日岳・川入

【実録時間】 弥平四朗(標高445m7:26 − 共同アンテナ(標高765m08:44 <休憩> 08:54    標高950m尾根  10:39 <休憩> 10:50    七ツ森(標高1166m 10:09    山頂(標高1338m11:1811:34 −  1195m県境尾根 <昼の憩い> 11:4113:18    七ツ森付近13:26    共同アンテナ <休憩> 14:0314:13    弥平四朗 14:38

 


 

あの東北大震災から今日でちょうど1年である.この1年がもう1年なのか,まだ1年なのかは分からない.大事な家族や仲間とともに生きているという幸せをあらためて考えさせられる1年でもあった.なにも分からずに冷たい海に飲み込まれた大川小学校の生徒たちの無念さを心に刻み山に向かう.その向かうべく鎮魂の山は鏡山である.

鏡山には,12年前に山スキーで来ている.当時の会長の影響で,たまにはプラブーツで滑っていた頃のことだ.山頂の丸い鏡のようにきらめく山名プレートが,それだけ頭を雪面から出ていたことを今でもはっきり覚えている.実は昨年も地震発生以来最初の山となる4月半ばに来ているが,取り付きの尾根には雪が無く共同アンテナまでなんとかがんばれば上まで雪が繋がっていそうに見えるので,四ツ沢周辺の雪を繋げていったりきたりしながら詰めるもむなしく敗退した.

今日は昨年よりも1か月以上も早いので大丈夫だろう.7時過ぎには弥平四朗のはずれ,奥川脇の除雪終了場所に駐車する.あの日と同じように冷たい小雪が降っている.

四ツ沢と奥川の間の尾根に取り付くために鳥居の一部が出ている神社脇を抜けてから数段に分かれた田んぼのへりを登る.すぐに杉林に入るが,それはすぐに終わり早くも小さめではあるが,ぶなの混じった雑木林となる.

雪は冬と春が入り混じった滑るにはちょっと手強い表面近くだけが凍っていて,その下にはまだ締まっていない重雪があるものだ.ストックを差すとまず表面で引っ掛かり,続いて30cmくらいの下でようやく止まる,という感じである.木の周りは日が当たらないせいか,まだバリバリのところもある.

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【標高600m付近のぶな:3D

歩き始めてわずか,標高600m付近からはぶなが優勢となる.大きなぶなも目立つようになる.やっぱり東北である.

尾根が西側に向きを変えるとじきに共同アンテナが見えてくる.ここまで1時間と少し,風の当らないところで一回目の休憩である.

この先には,もう急登はない.尾根なりにぶなを眺めながら登って行くが,木の周りには風によってできたえぐれが意外と大きくて,それらをうまくかわしながら登る必要がある.

標高800m付近からは雪が変わり,意外にも粉雪っぽくなる.相変らず小雪が舞って気温も上がらない.

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【標高860m付近のぶな:3D

標高900m付近からの尾根の両側にはちょうど古い街道筋の杉並木のように両側にぶなの木が立っている.ぶな街道である.

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【標高900m付近ぶな街道1丁目:3D

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【標高1000m付近(七ツ森(奥)が見える.):3D

県境尾根が遠くに望めるようになると,雪もやみ青空も少しずつ広がってくる.今まで見えなかった周りの山並みも次第に望めるようになる.南西側に伸びる隣の尾根の一角にはアツラノ峰が確認できる.

標高1000m付近で,ようやく七ツ森が見えてくる.雲は西から東にどんどん流れている.県境尾根に出るときっと風があるのだろう.

白い雪面を気持ち良く登り詰めて行くうちに弥生からの夏道と県境尾根で出会う.そのすぐ先が七ツ森のピークで,南側に雪庇が張り出している.七ツ森からはシールを付けたまま滑り降るが風による段差が大きいので調子に乗ってはいられない.

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【七ツ森から山頂を望む(中央左側の丸いピークはザックをデポしたところ):3D

あとは夏道どおりにほぼ丸い県境尾根の標高1195mピークに出る.ここは大きなお盆を伏せたような開けた場所で,一旦わずかに降ってから山頂に至る.山頂は風が強そうで飯豊の山並みも雲の中のようである.帰りの登り返しを考えて今日はそのピークの一角にザックをデポして山頂を目指す.ようやく最後の登りだ.

最後の斜面には意外と籔っぽいところもあるので開けたところを狙って登る.12年前に来た時は今日よりも半月近く遅いのに山頂直下はガリガリでシールが効かず,スキーアイゼンを持ってこなかったために階段登行で苦労して登ったのであるが,今日は雪が良くて何の問題もなく快適に登ることができる.

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【山頂直下】

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【山頂から会津盆地が望める.】

下からは山頂かと思ったピークの先に本当の山頂がある.さすがに山頂の山名プレートは雪の下のようで今日は見当たらない.意外にも風は無く寒くもないが残念ながら飯豊の主稜線は雲の中である.ザックは下に置いてきたし,お腹も減っている.長居は無用ということで支度をするとザックを置いた県境尾根ピークまでは一滑りである.といってもすぐに本日最初の標高差約20m以上の登り返しが待っている.T隊員はここでシールを付ける.

風もなく青空の方が優勢となって日も差してきて暖かい.先週の白鳥山に続きテントを張ることもなく周りの景色を愛でながら昼の憩いに突入である.

そのうちに飯豊の主稜線にかかっていた雲が流れて行き,初めに大日岳から御西岳が見え始める.

昼の憩いも終え,あまりの気持ち良さに昼寝までしてしまう.

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【県境尾根標高1195mで昼の憩い,大日岳が見える.】

昼寝から目覚めると,雲はほとんど消え去り飯豊本山もくっきりと真っ白な姿を現している.歩き始めは小雪が舞い,雨ではないのがせめてもの救い程度の気持ちで登ってきたが,こんなに天気が良くなるとは存外の喜びだ.飯豊の白い稜線の連なりが素晴らしい.大日岳が気高く聳えている.

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【鏡山(右手のピーク)と飯豊本山】

帰りはまず標高1195m県境尾根ピークから七ツ森鞍部に滑り込む.七ツ森への登り返しはちょっと辛いので,雪庇の切れ間からトラバース気味に七ツ森直下の斜面に出るのだ.ところが,鞍部には雪庇の切れ間がない.仕方がないので雪庇の段差が最も少ないところまで登り返してから飛び降りることとなる.そこからは県境尾根を離れて,開けた七ツ森下部の斜面を滑る.日が当って雪は腐れぎみであるが十分楽しめる.

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【七ツ森直下】

896m標高点付近から奥川を挟んで東側に伸びる尾根の先に代塚山が確認できる.登った人にしか興味がわかないような,下の写真のとおり目立たない山ではあるが意外と高さがある.この辺りまで降りると雪は完全に腐っていつの間にか春の雪である.おかげで狭い尾根も難なく滑ることができる.

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【左奥の一番高いピークが代塚山】

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【共同アンテナへ(9回目の登り返し)】

登り返しを幾度となく繰り返し,徐々に高度を下げると登りで休んだ共同アンテナがようやく見えてくる.帰りもここで一息つく.登ってきた弥平四朗の集落が下に見え,人の気配がぐっと強くなる.

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【共同アンテナ(弥平四朗が見える.)】

前回はこの下の地形図に崖記号がある尾根の北側が切れ,しかも松の枝が進行方向を微妙に横切るように伸びているうえに,段差もあって通過に気を使ったところがあったが今回は全くそのようなところは無かった.雪が多いせいなのだろうか.

雪は十分あるが,木も十分にあるので斜面のへりや割合に木の間隔が広くなったところを縫いながら滑って行く.ところが,途中クリアーしたと思った木に右のスキーが引っ掛かってしまい,情けなくも半宙吊り状態となる.しかも2本の木が交差した状態でブーツのところで引っ掛かってしまい,そのままではスキーを外すことができない.しばらくもがいたが,すぐにあきらめて草刈民代もびっくりの開脚状態でT隊員の救援を待つ次第となる.

ここからもさらに数度の登り返しを繰り返すと杉林が見えて来て,その下をくぐり抜けると田んぼに出て弥平四朗である.

帰りの滑りについては語ることは無い.滑るというよりも登り返したとさえ言える.何しろ登り返しが多数ある.12年前の記録を見ると登り返し7回以上とある.さすがにこれはおおげさのようであるが,今回の踏査により登り返しは12回と判明した.この登り返しの多さのせいで鏡山からは遠ざかっていたのだが,時が過ぎて登り直してみると,この標高でたっぷりの雪とぶなに囲まれた静かな尾根を行く,いかにも東北の山らしくて素晴らしい.この再発見の喜びをまことに勝手ながら大川小学校で犠牲になった生徒ひとりひとりに捧げたい.

無事滑り終え,車のところで帰り支度をしていると弥平四朗の集落に突然サイレンが鳴り響く.3時にはまだ早い時間なのにと思ったが,すぐに午後246分鎮魂のサイレンと気付く.合掌である.

登路         降路